星期三, 10月 03, 2012

Fwd: 評論家になる

同窓会の掲示板に出したかったんですが、考えた末やめました。
今後の参考として、ここにおいておきましょう。

話題いろいろですね。

 

仕事中だから、長文はかけないが(休みのときも書きたくない)、「勇気を出して」観点だけ2,3あげます。

 

○いま、中国のマスコミはうまく田中真紀子さんの発言を利用しています。が、五十歩と百歩です。中国も同じ「欠陥ある」と認めない以上、真の友好な時期は来ません。

 

○外国にいる方は、中国の国民教育、愛国教育についてあまり知らないと思います。あれは単なるスローガンではなく、幼稚園から形成される考えは恐ろしいものです。これはデモの暴動化に繋がる原動力です。

 

○文化などの交流で戦争起こらない主張は臭老九(文化人)の言論に過ぎません。ただし、文化の交流で国際結婚が多くなれることでしたら話は別です。

 

 

"北京の五日間"と田中真紀子の忠告

  投稿者:石x投稿日:201210 2()212341

編集済

 

 

菅原xx先生、王xさん、と李xさんのメッセージに同感、"痛感"、"共鳴"が感じています。皆さんが勇気を出して率直なご意見を掲載していただきまして、ありがとうございます。

村上春樹の本は私も何冊読んだが、1Q84、ノルウェイの森とか、大好きです。彼が"文化交流を大事にする"と主張することは素晴らしい!やはり視野が広い国際的な文化人である!

前月出張中、私が9月21日の夜中に東京でNHKのスペシャル"北京の五日間"というドキュメンタリーを観たのです。その時私が感心したのは、日本には"明智"の方々、日中関係を大事にする人々が沢山いる。
そのドキュメンタリーの全名は「1972年"北京の五日間"こうして中国は日本と握手した」です。1972年に「日中共同声明」が締結されたときの北京での5日間の交渉で、田中角栄、大平正芳、毛沢東、周恩来という"名優"が、いかに困難を乗り越え調印に至ったのか。米中和解と日中国交正常化を中国が相次いで求めた動機は何だったのか。番組では中国側当事者と共産党中央党史研究室へのインタビュー、残された回顧録の朗読を通じ、なぜ「8億6千万人の握手(周恩来)」に中国が応じたのか解き明かしていく。

昨日(10月1日)、文部科学大臣に就任した田中真紀子さんが、「日本の歴史教育には欠陥がある。全面的な歴史的事実を日本の次の世代に伝えるべきだ」と語りました。田中さんは閣僚就任記者会見で現在の教育指導綱要について言及し、近現代史の歴史内容について、「このような教育には問題が存在すると思う」と語った。 さらに「日本国内の出版社や政治家の歴史教育に対する考え方はそれぞれだが、全面的な歴史的事実を日本の次世代に伝え、国民が考え、判断するようにしなければならない。そうでなければ日本人は国際社会で発言権を得ても何も話せなくなってしまう」と述べました。

村上春樹の主張、"北京の五日間"の番組、と田中真紀子の忠告をまとめて考えていると、日中関係の修復はまた可能だと思わない?

 


中秋節でも、国慶節でもない話題

  投稿者:王 x 投稿日:201210 2()162435

編集済

 

 

勝谷誠彦の今週のオピニオン「日中国交回復40周年に思う"中国不要論"」を転載します:

 寛平9年、菅原道真の建議によって、それまで長く続けられていた遣唐使が廃止になった。その結果、日本では独自の文化が発達した。それが国風文化なのだ。まさにいまに至る日本国の文化文明の基礎は、実にこの時期に築かれたと言っていいだろう。

 廃止の理由はいくつかあったが、私の理解としては「命がけで行くほどの意味がなくなった」からだと思う。当時、大陸は乱れに乱れていた。渡海そのものの危険もさることながら、あちらに滞在していた留学生にも危害が及ぶ可能性があった。だから菅原道真は「メリットとデメリット」を天秤にかけたのだろう。その結果が「国風文化」だ。遣唐使の中止は、あるいはメリットの方が大きかったかも知れない。なにごともやってみるものである。

 なぜこんなことを書き始めたかといえば、果たしていまの私たちにとっても、中国とつきあっていくメリットというのは、どのくらいあるのかと思ったからだ。日中国交回復40周年のイベントは中止となった。この40年の間を振り返ってみて、あなたや、あなたにどれほどのいいことがあっただろうか?

 バッタものの服を安く買えるようになった? 百均ショップが雨後の筍のように出現した? 冷静に立ち止まって考えてみて、それらはそんなに素晴らしいことだろうか。

 明らかに私たちが苦しんでいるデフレの大きな要因ではないか。一方で長年にわたり数兆円ものODAをたかられ、最初はタダで寄越したパンダもいつのまにか賃貸料をとられるようになった。

 カネのことは目をつぶるにしても、長年にわたって罵詈雑言を投げつけられ、ありもしない大虐殺や従軍慰安婦について世界中に鉦と太鼓で宣伝され、日本国の尊厳は明らかに毀損されてきた。

 そしてここのところの出来事である。国家としての最後の砦である領土領海に手を出し、あろうことか現地人を雇って中国経済の発展や雇用確保に貢献している企業を打ち壊し、まっとうに生きている在留邦人たちに殴り掛かってきたのである。

 平成の世に菅原道真がいれば「もうあんな国とはつきあわないでいい」と言うに違いない。「そんなことをすると日本経済が大変なことになる」と、大使の車の国旗が奪われた直後の日中友好イベントとやらで盆踊りをしていた、品性下劣な財界首脳などは言うかも知れない。だが、国家の尊厳や国民の生命財産と商売のどちらが大切なのか。

 道真ならばそう喝破して叱りつけるに違いないと私は思うのだ。

 もちろん一朝一夕に関係を絶てと言うのではない。それではケツをまくる子どものケンカだ。そうではなく、5年10年先にあの国とつきあわなくてよくなるように、長期的な計画をたてるべきではないか。かつて福沢諭吉は「脱亜入欧」と説いた。いま必要なのは「脱中入亜」だ。/ 国も亜細亜ではないかと首を傾げる向きがあるかも知れないが、私はかねてから中国と韓国、北朝鮮は亜細亜ではないと主張している。中華思想にゴリゴリに固まったあの連中と、のびやかな海洋亜細亜諸国とは別のものだ。そして、私たちがこれからなすべきは後者と手をとりあって中華の膨張主義に対抗していくことなのだ。

 思えば菅原道真以降の日本史は、何度もそうしたことを繰り返してきた。日中友好を金科玉条とするここ40年ほどがむしろ特殊だったと言っていい。

 既に賢い日本企業の多くは、中国から逃げ出している。今回のような騒ぎが起きるまだ前に、私は来日したミャンマーの与党のテー・ウー総書記とお目にかかった。彼の前にはひとこと交わそうと膨大な数の経営者たちが行列を作っていた。多くの企業では本能的に中国で商売することの危うさを感じているのだと感じた。盆踊りに興じていたような、頭の悪い財界首脳だけではないのである。

 世界の工場と呼ばれる中国だが、私に言わせると「世界の『組み立て』工場」に過ぎない。製品の多くの中枢部分の部品は、日本製なのだ。この部品の輸出先の市場を、私たちはそれこそミャンマーのような亜細亜諸国へと積極的にシフトしていくべきだろう。売り上げは確保しつつ、中国に部品を売らずに締め上げていく。まだ自国の部品で高度な製品を作る力は中国にはない。

 そうすることによって、現在押され気味な日本の家電メーカーなども息を吹き返す。一石二鳥にも三鳥にもなる戦略なのだ。

著者はテレビなどでよく出てくる知名度の高いコメンテーターで、マスメディアを通してこのような言論、考え方を一般家庭に浸透させていくのは間違いないと思います。このように偏った論証を並べた、傲慢で、独りよがりな言論は、言葉による暴力だと感じずにはいられませんでした。このような文章が世間に公表するのは「言葉の自由」に則っていて、あたかも自由民主的に見えますが、言葉の力は甚大で、人々の中に種を撒いて、世論を作っていくものだと痛感しました。

日本と中国、壊れた関係が修復される日は来るのでしょうか。悲しい!

 

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